ちゃんとできない日を、許せなかった理由

雑記

朝、目が覚めたときに
すぐに起き上がれる日と、そうじゃない日がある

身体が重たいわけじゃないのに
どこかが動かない

頭の中で
「やらなきゃ」がぐるぐるしているのに
その場から動けない

そんな日があった


その日は
一日の予定が、ほとんど進まなかった

ジムに行くはずだったのに行けなかった
作業も、思ったより進まなかった

やろうと思えばできたはずのことが
なぜか、できなかった

床に座ったまま
ぼーっとしている時間が長くなっていく

時計を見るたびに
胸の奥がざわついた


何もしていないわけじゃない

少しは動いている
最低限のことはやっている

でも、足りない

全然足りない

自分の中で決めていた基準に
まったく届いていない


そのときの自分の中にあったのは
焦りでも、悲しみでもなくて

「こんな自分じゃダメだ」という
冷たい感覚だった

ちゃんとやれていない自分は
見せる価値がない

外に出す価値がない

そんなふうに思っていた


私はずっと
0か100で生きていた

100点じゃないものは
出す意味がない

完成していないものは
見せるべきじゃない

かっこいい自分でいたかった

ちゃんとできている自分
ちゃんと続けている自分
ちゃんと結果を出している自分

そういう姿じゃないと
価値がないと思っていた


だから

途中のものは出せなかった
未完成のものは隠していた

うまくいっているときだけ
外に出していた

でも、それを続けていると
あることが起きる

何も出せなくなる

100点を出せない日は
何も存在しない日になる

やったことも
考えたことも
感じたことも

全部、なかったことになる


それは、
静かに、自分を削っていく

気づいたときには

「できていない日」が
増えているのではなくて

「存在しない日」が
増えていた

それが、
一番苦しかった


ある日、

「60点でも出してみるか」

そんなふうに思った自分がいた

すごく中途半端だった

まだ足りないと思う部分も多かった
もっと整えたい気持ちもあった

でも、そのまま外に出した

出したあと、
少しだけ、呼吸が軽くなった


完璧じゃないまま
外に出すこと

それは、
かっこ悪いことだと思っていた

でも、やってみると

「かっこ悪さ」よりも
「軽さ」の方が残った

100点じゃないと
存在できないと思っていた世界に

少しだけ、隙間ができた

その隙間に

60点の自分が
そっと座れるようになった


それは、
大きな変化ではなかった

劇的に何かが変わったわけでもない

ただ

ちゃんとできなかった日が
「消えない日」になった

それだけだった


今も、

100点を出したいと思う自分はいる

かっこよくいたいと思う自分もいる

でも

60点のまま外に出すことも
できるようになってきた

ちゃんとできない日を

消さなくてもいいと思えたとき

その日は、
少しだけ、残るようになった


何もしていないと思っていた時間も

ただ、動けなかった時間も

全部、
その日の一部として残る

その積み重ねが

前に進んでいるかどうかは
よくわからないけど

少なくとも

「なかったことにはしなくなった」

それだけで

少し、楽になった自分がいた


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犬のための音楽を作っているはずなのに
「ちゃんとしなきゃ」をやめたら疲れなくなった

このブログを書いている人のこと

神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。

元フィットネスインストラクター

仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。

犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。

GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。

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