何者かにならなくてもいい

未分類

何者かにならなければいけない。 ずっと、そう思って生きてきた。

気づけばいつも、 「今のままじゃ足りない」 「もっと結果を出さなきゃ」 「ちゃんとした肩書きが欲しい」 そんな思考に追い立てられていました。

ずっと「何者か」になりたかった

若い頃から、心のどこかにありました。

有名になりたい。 認められたい。 すごい人だと思われたい。

口に出さなくても、 行動の奥にはいつもその欲求があった。

資格を取る。 結果を出す。 人前に立つ。 評価される場所に身を置く。

それらは決して間違いではないし、 実際、私をここまで連れてきてくれた原動力でもあります。

まだ、その想いは残っている

正直に言うと、 「何者かになりたい」という想いが 完全に消えたわけではありません。

キラキラしている人を見ると、 少しだけ心がざわつく。

「私も、ああなれたら」 そう思う自分は、今もいます。

でも、以前とは決定的に違うことがある。

穏やかな暮らしの中で、想いは薄れていった

毎日を静かに整えるようになってから、 少しずつ変わりました。

犬と散歩する時間。 朝の光。 家を整えること。 音楽を流しながら作業すること。

誰にも見られていない時間の中に、 確かな満足感が生まれていった。

評価されなくても、 数字が伸びなくても、 拍手がなくても、

「今日はちゃんと生きた」 そう思える日が増えていったのです。

心が、驚くほど軽くなった

あれほど重たかった心が、 いつの間にか軽くなっていました。

焦らなくていい。 比べなくていい。 急がなくていい。

何かを証明しなくても、 ここに存在していい。

そう思えた瞬間、 呼吸が深くなった。

キラキラした世界の「有名な何者か」にはなれないかもしれない

テレビに出るような人。 大きな舞台に立つ人。 誰もが知っている名前を持つ人。

正直に言えば、 そういう「有名な何者か」には なれないかもしれません。

でも、それは敗北でも、 諦めでもない。

好きなことを続けていくという選択

今、私が選んでいるのは とても地味な道です。

犬のための音楽を作る。 手で首輪を編む。 文章を書く。 暮らしを整える。

どれも派手じゃない。 すぐに称賛されるものでもない。

それでも、 「好きだ」と言えることを 静かに続けている。

いつの間にか、その道の「誰か」になる

最近、こんなふうに思うようになりました。

何者かになろうとしなくても、 好きなことを続けていれば、

いつの間にか、その道の誰かになる

一番ではなくていい。 有名でなくていい。

「この人といえば、これだよね」 そう思い出してもらえる存在。

それで十分なんじゃないか、と。

何者かでなくても、私は私

肩書きがなくても。 結果が見えなくても。

毎日を丁寧に生きているなら、 それは立派な人生だと思います。

何者かになることより、 自分であることを引き受ける

今は、そちらのほうが ずっと勇気のいる選択に思えます。

まとめ|静かに、自分の場所に立つ

何者かにならなくてもいい。

でも、 何もやらなくていい、という意味ではない。

自分が心から好きだと思えることを、 自分のペースで続けていく。

その先で、 誰かにとっての「何者か」になれたなら、 それはとても幸せなことだと思う。

私は、今日もこの場所で、 静かに手を動かし、 言葉を綴っています。


いっしょに読みたい記事

2026年、静かに本気で生きていく。

このブログを書いている人のこと

GIRASOLという名前で、犬との暮らしや、音楽、ものづくり、静かな日常について発信しています。 派手さよりも、確かさを。 評価よりも、納得を。 そんな価値観を大切にしながら、自分のペースで歩いています。

  • YouTube
  • Instagram
  • BASE

タイトルとURLをコピーしました