「元に戻る」ことが正解だと思っていた
人はつらくなると、無意識に「昔の自分」に戻ろうとする。 元気だった頃。評価されていた頃。周りから求められていた頃。
でも今の私は、はっきり言える。 昔の自分に、戻らなくていい。
むしろ、戻ろうとしないほうがいい理由が、ちゃんとある。
他人軸で生きてきた過去
私は長いあいだ、他人軸で生きてきた。 どう思われるか。どう評価されるか。嫌われないか。
「ちゃんとしている人」 「感じのいい人」 「求められる人」
そう見られるために、無意識に自分を調整し続けてきた。
それは決して怠けていたわけでも、弱かったわけでもない。 むしろ、必死に生きてきた証拠だと思っている。
でも同時に、そこには大きな落とし穴があった。
マーケティングと自己肯定感は別物
仕事の世界、とくにマーケティングやコンテストの世界では、 「相手が何を求めているか」を考えることは必要だ。
・どんな商品が売れるか ・どんな見せ方が評価されるか ・どんな体型、どんな言葉が刺さるか
これは技術であり、戦略だ。
問題は、それを 自分の価値そのものと混同してしまうこと。
勝てた=価値がある 負けた=価値がない
この回路に入った瞬間、自己肯定感は一気に他人の手に渡る。
評価が上がれば天国、下がれば地獄。 これほど不安定な土台はない。
他人軸では、心は回復しない
他人軸で生きることの一番の問題は、 どれだけ頑張っても、満たされないこと。
なぜなら、評価の基準が自分の外にあるから。
・もっと評価されたい ・もっと認められたい ・まだ足りない
ゴールが動き続ける限り、安心は一生来ない。
私はこのループの中で、 自己否定と、身体への負荷と、心の消耗を繰り返してきた。
それは「弱いから」ではなく、 構造的にそうなってしまう生き方だっただけ。
仕事を辞めたことは、逃げではなかった
長く続けてきた仕事を辞めたとき、 「もったいない」「逃げた」と思われたかもしれない。
でも私にとっては、 壊れる前に立ち止まっただけだった。
肩書きがなくなり、評価がなくなり、 一時的に不安定になった。
その代わり、 自分の呼吸が、少しずつ戻ってきた。
犬たちと過ごす時間が教えてくれたこと
犬たちは、評価しない。 成果も求めない。
今日の私が ・元気でも ・落ち込んでいても ・何も生み出していなくても
ただ一緒にいるだけでいい。
この感覚が、 どれだけ自分の神経を緩めてくれたか。
「存在しているだけでいい」という感覚は、 理屈ではなく、体験でしか取り戻せない。
肩の力を抜いた発信と、ものづくり
今の私は、 無理にウケを狙わない発信をしている。
大きくバズらなくてもいい。 数字が伸びなくてもいい。
その代わり、 自分が呼吸できる温度で言葉を置く。
パラコードの首輪やリードも同じ。
大量生産でも、流行でもない。
「この子に合うかな」 「この人の手に、ちゃんと馴染むかな」
そんな視点で作る時間は、 評価とは違う種類の満足感をくれる。
昔の自分に戻らなくていい理由
昔の自分は、 がんばっていたし、立派だった。
でも同時に、 無理をしていた。
・常に誰かの目を気にして ・期待に応えようとして ・自分を後回しにして
あの生き方に「戻る」ことが成長ではない。
今の私は、 まだ完全に他人軸を手放せたわけではない。
それでも、 少しずつ緩んでいる。
それでいい。
終わりに|前に進むということ
前に進むとは、 強くなることでも、派手になることでもない。
戻らなくていい場所に、戻らない勇気を持つこと。
昔の自分は、 今の私をここまで連れてきてくれた。
だから感謝はする。 でも、居場所はもう違う。
静かで、穏やかで、 呼吸が深くできる場所へ。
私は、そっちに進む。
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このブログを書いている人のこと
このブログを書いているのは、
犬2匹と暮らしながら、音・言葉・ものづくりを通して
「静かに整う暮らし」を探っている人。
長く他人の評価を軸に生きてきたけれど、
仕事を辞め、日々のリズムを見直し、
今はパラコード首輪やリードの制作、
犬のための音楽「GIRASOL Sounds」、
そしてこのブログを続けています。
ここに書いているのは、
正解でも、成功法則でもありません。
ただ、
無理をしていた自分が、少しずつ呼吸を取り戻すまでの記録です。
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