頑張らない日記という選択

雑記

「頑張らない」と言いながら、毎日何かを続けている人は多分たくさんいる。
でも、自分の中でそれを「頑張り」と認識していない状態というのは、思っている以上に心地いい。

 

私は仕事を辞めてから、時間ができた。
ぽっかり空いた時間は、最初は不安の形をしていたけれど、しばらくすると違う顔を見せ始めた。
頭の中に、やりたいことのアイデアが浮かぶようになった。
それも、誰かに評価されたいとか、成功したいとか、そういう方向ではなく、もっと個人的で静かな欲求だった。

 

きっかけはヤックルだった。
てんかんを発症してから、家で過ごす時間が増えた。
何かできることはないかと探して、癒しの周波数が入った音楽を作り、YouTubeに投稿し始めた。
昔少しだけ作っていたパラコードの首輪も、「暇だから」という理由でまた編み始めた。
計画も目標もない。ただ手を動かしたくなっただけだった。

 

私は犬が好きだ。
犬に関することをやりたいと思っていた。
でもそれは「犬業界で成功したい」とか「犬で稼ぎたい」とかではなく、もっと曖昧で、もっと個人的な感情だ。
犬と関わっている時間の自分が、いちばん自然だからだと思う。

 

音楽も、パラコードも、誰かに届けたい気持ちはある。
癒しの周波数の効果を知ってほしいし、作品も見てほしい。
でもそれは、強く押し出す宣伝とは少し違う。
「ここにあるよ」と置いておく感覚に近い。
気づいた人が手に取ってくれたら、それでいいという距離感。

 

犬との日常も記録していきたい。
特別な瞬間だけではなく、なんでもない時間。
寝ている姿、ぼーっとしている顔、散歩の足音。
後から見返したときに、自分がどんな時間を生きていたのかがわかるように。

 

ライフスタイルの記事や雑記は、どちらかというと「私という人」を知ってもらうためのおまけだ。
主役ではないけれど、背景として必要なもの。
どんな人が音楽を作っていて、どんな人が首輪を編んでいるのか。
それが少しでも伝われば十分だと思っている。

 

ただ、好きなことを発信してみようと思った。
そこに大きな戦略はない。
数字も分析も、今はあまり見ていない。
気にし始めると、手が止まるのを知っているから。

 

好きなことを発信しているだけだから、別に「頑張っている」という感覚はない。
努力というより、呼吸に近い。
やらないと落ち着かない、そんな感じ。

 

それでも、毎日投稿はする。
「頑張らない」と言いながら続けているのは、矛盾のようでいて、実は矛盾していない。
義務ではなく、習慣に近いからだ。
歯を磨くみたいに、自然にやるだけ。

 

頑張らない日記というのは、怠ける日記ではない。
評価を気にしない日記でもない。
ただ、自分の感覚を優先する記録だと思っている。

 

何者かになろうとしなくても、
何かを証明しようとしなくても、
好きなことを続けていれば、そこに自然と輪郭ができてくる。

 

その輪郭が、後から見たときに「私の道」だったとわかればいい。
今はまだ、ただの点の集まりでいい。
点を打つ手だけ止めなければ、それで十分だと思っている。


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