丁寧な暮らしなんて無理。でも心地よい暮らしなら今日からできる。

ライフスタイル

流れてくる「丁寧な暮らし」

何気なくインスタを開くと、
おすすめに並ぶのは「丁寧な暮らし」をしている人たちだった。

季節の花を飾って、
手作りのごはんを器にきれいに盛って、
洗濯物はふんわり畳まれて、
家の中には余白しかない。

画面越しに見ている分には、きれいだなと思っていた。
ちゃんとしていて、落ち着いていて、
自分にはないものを持っている感じがしていた。

その一方で、
同じくらいの頻度で、
「ズボラ代表」みたいな人たちも流れてくる。

真逆なのに、どちらも人気で、
どちらも「正解」みたいな顔をしている。


尊敬と、距離感

丁寧な暮らしをしている人たちのことは、
本当にすごいと思っている。

毎日のことを、毎日ちゃんとやる。
それを続けているだけで、もう尊敬だった。

でも、同時に思っていた。
自分には、たぶん無理だな、と。

私はどちらかというと、
かなりズボラな部類に入ると思う。

いかにやらないか。
いかに省けるか。
いかに同じことを考えずに済ませるか。

そのことばかりを考えていた。


あまり言いたくない話

正直、あまり大きな声では言いたくないこともある。

例えば、
自分の洗濯物は、畳まない。

言うと、ちょっと引かれそうだから、
普段は笑い話みたいにしか言わない。

でも、畳まないからといって、
洗濯物が部屋中に散らかっているわけではなかった。

出しっぱなしでもない。
視界に入るところに山ができているわけでもない。

ただ、「畳む」という工程が、
私の暮らしには入っていないだけだった。


散らかっていない、という状態

不思議なことに、
家の中は散らかっていなかった。

床には物がなくて、
テーブルの上も、ほぼ何も置いていない。

洗濯物も、定位置には収まっている。

私の中での「心地よい」は、
丁寧にやっているかどうかではなくて、
余計なものが視界に入らないことだった。

整っている、というより、
邪魔なものがない、という感じに近い。


ミニマリストという言葉

私は、比較的ミニマリストだと思う。

必要以上に物を増やさない。
「いつか使うかも」で取っておかない。
今の生活に必要なものだけがあればいい。

買い物も、慎重だった。
置く場所が浮かばないものは、
たぶん必要ないものだと判断していた。

物が少ないと、
管理すること自体が減っていく。

それは、気持ちの余白に直結していた。


たった一つのルール

暮らしの中で、
私が決めているルールはひとつだけだった。

出したら、片付ける。

丁寧に、ではない。
きれいに、でもない。

ただ、元の場所に戻す。
それだけ。

全部を丁寧にやろうとすると、
息が詰まる感じがした。

毎日続くことだからこそ、
ほどほどでいいと思うようになった。


「丁寧」じゃなくても、いい

丁寧な暮らしは、
きっと素敵だと思う。

でも、
それを目指そうとするたびに、
肩に力が入ってしまう自分も、確かにいた。

全部をちゃんとやらなくても、
呼吸が浅くならない暮らしは作れた。

私にとっては、
それが「心地よい暮らし」だった。


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このブログを書いている人のこと

今日は、洗濯物を畳まないまま、
犬たちの寝息を聞きながら、これを書いていた。

ちゃんとしていなくても、
部屋が静かで、視界がすっきりしていると、
それだけで気持ちは落ち着いていた。

たぶん私は、
丁寧に暮らしたいわけじゃない。
心地よくいたいだけなんだと思う。

神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。

元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。

犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。

GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。

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