犬の寝息
家の中がとても静かな朝だった。
まだ外は暗くて、
街の音も、車の音もほとんどない。
聞こえるのは、犬の寝息だけだった。
ヤックルは横向きで眠っていて、
ジーナは丸くなって毛布の上にいる。
規則的な呼吸。
すう、はあ。
すう、はあ。
その音だけが、部屋の中にあった。
少し前の自分だったら、
この時間を「何もしていない時間」だと思っていたと思う。
静かな生活は、つまらないものだと思っていた。
忙しい毎日
前の生活は、いつも動いていた。
ZUMBAのレッスンをして、
振り付けを考えて、
覚えて。
他のインストラクターのレッスンに参加して、
その様子をSNSに載せる。
参加者の投稿にいいねをして、
インストラクター仲間の投稿にもいいねをして。
サークルのスタッフと飲み会。
コンテストに向けた減量。
予定は、いつも埋まっていた。
忙しい生活だった。
その頃の自分は、
それがいい人生だと思っていた。
目立つこと。
人から評価されること。
予定が埋まっていること。
それが充実だと思っていた。
少しずつ崩れた
去年のコンテストの減量の頃から、
いろいろなことがうまくいかなくなった。
身体も、気持ちも、
なんとなく噛み合わなくなっていった。
人前に立つことは、
自分を元気にするものだと思っていたのに、
だんだんと苦しく感じるようになっていた。
自分を見せる場所のはずなのに、
そこに立つたびに、
何かを削っているような感覚があった。
仕事を辞めて、
違う働き方をしようと思っていた。
ちょうどその頃、
ヤックルがてんかんを発症した。
家で過ごす時間が、
急に増えた。
というより、
静かに過ごすしかなくなった。
最初の一ヶ月
最初の一ヶ月は、本当に暇だった。
犬の世話と家事をしたら、
それ以外にやることがなかった。
時間が余っていた。
退屈だった。
そして、
無価値な感じがした。
社会から離れているような感覚。
何も生産していない感じ。
忙しい生活をしていた人間が、
急に止まると、
自分の価値が消えたように感じる。
そんな時間だった。
出てきた感覚
でも、その静かな時間の中で、
ある感覚が少しずつ出てきた。
昔から、
ずっと悩んでいたことがあった。
やりたいことが思いつかない。
行きたい場所も、
食べたいものも、
特に浮かばない。
何かをしても、
ワクワクしない。
楽しいという感覚が、
よくわからない。
インストラクターをしていた頃、
その感覚にずっと悩んでいた。
忙しいのに、
空っぽな感じがする。
その感覚が、
静かな生活を始めてから
少しずつ浮かんできた。
生活の音
今の生活は、静かだ。
スーパー早寝早起き。
犬の世話。
ジム。
食事管理。
ブログ。
YouTube。
GIRASOLの作業。
読書。
派手な予定はない。
人前に立つこともない。
SNSの通知も少ない。
でも、
生活には音がある。
犬の寝息。
朝ごはんの鍋の音。
パソコンのキーボード。
散歩の足音。
静かな生活は、
無音ではなかった。
ただ、
騒がしくないだけだった。
変わったのは、速度
静かな生活を始めて、
気づいたことがある。
前の生活は、速かった。
予定。
SNS。
評価。
人の反応。
全部が速かった。
今の生活は、
とてもゆっくり進む。
犬が寝る。
犬が起きる。
朝ごはんを作る。
ブログを書く。
散歩する。
一日が、
人の速度じゃなくて
生活の速度で流れている。
すぐにはわからない
静かな生活がいいものだと、
すぐに思えたわけではなかった。
最初は、
退屈だった。
暇だった。
自分が無価値な人間のように感じた。
でも、
その時間が続くと、
少しずつ違う感覚が出てくる。
忙しさの中では見えなかったものが、
見えるようになる。
犬の寝息
また、犬の寝息が聞こえる。
すう。
はあ。
すう。
はあ。
部屋の中は静かで、
まだ朝になっていない。
少し前の自分だったら、
この時間を退屈だと思っていたと思う。
でも今は、
この時間をつまらないとは思わない。
ただ、
静かな時間が流れているだけだった。
この続きに、もし興味があれば
GIRASOLでは、
犬が安心して過ごせる時間をイメージして
音を作っている。
▶︎YouTube
GIRASOL Sounds
▶︎Shop
GIRASOL
いっしょに読みたい記事
このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。
GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。


