拍手のある努力
音楽が鳴って、ライトがついて、
人が集まってくる。
その空間の真ん中に立つ。
インストラクターだった頃、
その景色は何度も見ていた。
振り付けを覚える。
新しいウェアを買う。
ワークショップに参加する。
他のインストラクターのレッスンを受ける。
全部、努力だった。
レッスン前の控え室では、
ワクワクしている日もあった。
でも、義務感のような日もあった。
音楽が始まれば、
身体はちゃんと動く。
レッスンが終わると、
拍手があって、
「ありがとう」と言われる。
その瞬間は、
たしかに満たされていた。
でも帰り道には、
ただ疲れている身体が残っていた。
努力は、ちゃんと見えていた。
そして、ちゃんと評価されていた。
朝4時のジム
今は、違う景色の中にいる。
朝は3時前に起きる。
犬の散歩をして、
お世話をして、
まだ暗い街の中をジムに向かう。
4時台のジムには
だいたい5人から10人くらい人がいる。
会話はない。
みんな黙々と、
それぞれのトレーニングをしている。
誰も、誰も見ていない。
そこには拍手もない。
ただ鉄の音と、
呼吸の音だけがある。
誰も知らない努力
朝ごはんは6時。
ブログを書いて、
お風呂に入って、
家のことをして。
9時からは
YouTubeやGIRASOLの作業。
犬のお世話をして、
仮眠をして、
昼ごはんを食べて。
また作業をして、
読書をして、
夕方になる。
夜にはストレッチをして、
20時には寝る。
その生活の中で、
誰かが「すごいね」と言うことはない。
SNSに書かなければ、
誰も知らない。
ヤックルのてんかんがあるから、
基本的に家を空けられない。
夜中に起こされることもある。
ジムに行く時間も、
旦那が仕事に行く前の
すごく早い朝しかない。
この生活は、
誰の目にも触れない。
誰も拍手しない。
誰も評価しない。
見られていた努力と、見られていない努力
昔は、
頑張っている自分を
誰かに褒めてほしかった。
拍手があると、
努力は意味を持った気がした。
でも今は、
そこまで思っていない。
不思議なことに、
誰も見ていない努力の中で
生活は静かに回っている。
どちらも疲れる。
どちらもしんどい。
ただ、種類が違う。
拍手のある努力は、
光の中で消耗していた。
拍手のない努力は、
静かな場所で積もっていく。
どちらが正しいのかは、
まだわからない。
ただ、今の私は
誰も見ていない朝のジムで
黙々とトレーニングをしている。
それでも生活は続いている。
拍手がなくても、
ちゃんと続いている。
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このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。
GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。


