朝の光はいつも同じだった。
カーテンの隙間から細く差し込む光。
白い床に落ちる影。
犬の寝息。
その風景の中にいる自分も、
ずっと同じだと思っていた。
褒められることは、当たり前だった。
見た目のこと。
体型のこと。
努力している姿のこと。
仕事での結果。
コンテストの賞賛。
言葉。視線。スキンシップ。
人から向けられる「良い」という評価は
特別な出来事ではなかった。
それが普通の空気のように
いつも周りにあった。
賞賛された瞬間、
身体は何も変わらなかった。
心拍も上がらない。
涙も出ない。
高揚もなかった。
ただ、
「そうでしょうね」と
どこか冷静な自分がいた。
それは自信ではなかった。
安心でもなかった。
ただの前提だった。
承認は
水のように流れてくるものだった。
だから、
ありがたいとも思わなかった。
満たされたとも感じなかった。
時間が経って、
少しずつその水が減っていった。
評価される機会が減り、
賞賛の言葉が減り、
視線が減り、
触れられる回数が減った。
そのとき初めて、
自分の中に
ぽっかり空いた場所があることに気づいた。
何かが足りない。
でもそれが何なのか
言葉にできなかった。
無価値感というものは、
突然やってくるわけではなかった。
静かに、
湿気のように広がっていった。
朝の体の重さ。
呼吸の浅さ。
鏡を見る時間の長さ。
誰にも見られていない瞬間に
自分の存在が曖昧になる感覚。
食べることが増えた。
空腹ではなかった。
味を楽しんでいたわけでもなかった。
ただ、
埋めようとしていた。
承認という形のないものが消えたあとに残る
輪郭のない穴を。
食べることで
少しだけ安心する。
けれど
その安心は長く続かなかった。
むしろ
自己否定は強くなっていった。
不思議なことに
生活は整っていた。
朝起きる時間。
運動する習慣。
掃除をする手順。
犬と歩く距離。
外から見れば
静かに満たされた暮らしだった。
実際、
その瞬間瞬間には
確かに満ちている感覚もあった。
朝の空気。
白湯の温度。
犬の毛の柔らかさ。
小さな満足は存在していた。
でも、
それを満足だと認識できなかった。
光が弱すぎて
見えなかった。
これまで
強い光の中で生きてきた。
賞賛という強い刺激。
結果というわかりやすい評価。
その明るさに慣れてしまうと
静かな光は
存在しないもののように感じる。
今はまだ
満たされたとは言えない。
人からの承認がなくても
自分を成立させられる状態には
なっていない。
それでも
以前とは違う感覚がある。
穴の存在を
はっきり見ている自分がいる。
気づかないまま
承認を追い続けることもできた。
それを人生だと
思い込むこともできた。
でも今は
少しだけ立ち止まっている。
強い光ではなく
弱い光の輪郭を探している。
まだ名前のない満足が
どこかにある気がしている。
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このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
刺激や情報の多さよりも、
静かで管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位は大きく変わった。
安全であること。
安心できること。
毎日繰り返しても負担にならないこと。
この文章を書いているときの私は、
満たされているとも言えず、
満たされていないとも言い切れない場所にいる。
ただ、
その揺れを隠さずに書いてみようと思った。


