朝の用事は、いつも通りこなしていた。
早く起きて、身体を動かして、犬のことをして。
流れとしては、ここから机に向かうはずだった。
けれど、その順番を少しだけ変えた。
ブログは最後に回そうと思った。
理由は特になかった。
なんとなく、今日は先に家事を済ませてしまおうと思った。
ジムの後で身体は少し疲れていたし、
「あとで書けばいい」と思っていた自分がいた。
ソファーに腰を下ろした。
背中を預けた瞬間、身体が重くなった。
スマホを手に取った。
特に見たいものがあったわけではないのに、画面を指で流し続けていた。
気づいたときには、時間だけが過ぎていた。
動かなきゃいけないことは分かっていた。
分かっているのに、始められなかった。
眠かった。
身体が重かった。
一つ一つの動作が遅くなっていた。
立ち上がるまでに時間がかかる。
何かを取りに行くまでに迷いが生まれる。
怠けている、という感じではなかった。
むしろ、身体の中にブレーキがかかっているような感覚だった。
止まっているのは身体なのに、
頭の中だけは動き続けていた。
早くやらなきゃ。
またダラダラしている。
このままじゃ終わってしまう。
めんどくさい。
何もしていない時間なのに、
精神だけが削られていくような感覚があった。
こういう日は怖い。
一度止まると、そのまま崩れてしまう気がする。
私は、習慣で動いているところがある。
決めたことを繰り返すことで、なんとか前に進んできた。
だからこそ、流れが途切れると、
すべてが意味を失ってしまうような気がする。
本当に怖いのは、
作業が進まないことではなかった。
時間が無駄になること。
そして、
自分には価値がないと思ってしまうことだった。
何も生み出していない時間の中で、
自分の存在が薄くなっていくような感覚があった。
動けている日の私は、まるで別人みたいだ。
行動のスピードが速くて、迷いがなくて、
一日が流れるように進んでいく。
無双しているような感覚さえある。
だからこそ、止まる日の落差が大きい。
それでも、不思議なことに、
犬のことだけは必ずやっている自分がいた。
やる気がなくても、
身体が重くても、
散歩の準備をして、食事を用意して、様子を見ている。
その行動は、努力という感じではなかった。
ただ、そこに優先順位があった。
未来の自分のために続けていることがある。
誰かに認めてもらうためではなく、
自分が自分の価値を感じるために。
止まる日があっても、
完全にはやめていない。
それだけで、
まだ続いているのだと思う。
進めない日も、
何も生み出せない時間も、
あとから振り返ったときに
意味を持つのかもしれない。
そう思えた瞬間、
ほんの少しだけ、呼吸が深くなった。
この続きに、もし興味があれば
▶︎YouTube
GIRASOL Sounds
▶︎SHOP
GIRASOL
いっしょに読みたい記事
このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。
GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。


