ちゃんとやろうとしていた。
崩れないように、
予定を立てて、
順番を決めて、
余白も計算して。
全部、自分の中で整えてから動く。
そうしておけば、
うまくいくと思っていた。
朝は何時に起きて、
どのタイミングで食べて、
どのくらい動いて、
どこまで進めるか。
できるだけズレが出ないように、
最初から全部決めていた。
その通りに進めば、
安心できた。
今日もちゃんとやれた、と。
自分をコントロールできている感じがして、
少しだけ、強くなれた気がした。
でも、そういう日に限って、
何かが起きる。
予定外の出来事。
誰かの都合。
体調。
タイミング。
自分ではどうにもできないものが、
当たり前みたいに入り込んでくる。
少しズレる。
それだけで、
全部が崩れた気がしていた。
ひとつできなかっただけなのに、
「今日はもうダメだ」と思ってしまう。
戻せる余白はあるはずなのに、
その余白の使い方がわからなくなる。
最初からやり直したくなる。
でも、もうその時間はない。
そうやって、
自分で自分を追い詰めていた。
コントロールできていると思っていたものは、
実は、かなり不安定だった。
少しでも外れたら、
すぐに崩れるようなバランスで成り立っていた。
だから、
崩れることが怖かった。
崩れたあと、
どうやって立て直せばいいのか、
わからなかったから。
全部を整えないと、
前に進めないと思っていた。
でも、実際は違っていた。
整っていなくても、
時間は進む。
予定が崩れても、
一日は終わる。
何かが欠けたままでも、
生活は続いていく。
完璧じゃない状態で、
そのまま生きていくしかない。
その当たり前を、
なかなか受け入れられなかった。
コントロールできるものだけで、
生きていきたかった。
でも、
コントロールできるものの方が、
少なかった。
犬の体調も、
自分のコンディションも、
他人の動きも、
全部は思い通りにならない。
止めたくても止められないことがあって、
避けたくても避けられないことがある。
それでも、
その中で過ごしていくしかない。
全部を握ることはできない。
それでも、
何も持っていないわけじゃない。
自分の呼吸とか、
今の身体の状態とか、
次にどう動くかとか。
小さなところだけは、
選ぶことができる。
大きな流れは変えられなくても、
その中でどう立っているかは、
少しだけ調整できる。
全部をコントロールしようとすると、
苦しくなる。
何もコントロールしないと、
流される。
その間に、
ちょうどいい場所があった。
全部を握らなくてもいい。
でも、
全部を手放さなくてもいい。
崩れることを前提にして、
その中でどうやって戻るかを考える。
それだけで、
少しだけ楽になった。
完璧な状態で生きるより、
不安定なまま立っている方が、
現実に近かった。
だから今は、
コントロールできないものと一緒に、
そのまま進んでいる。
うまく持てる日もあれば、
何も掴めない日もある。
それでも、
どちらも自分の一日だった。
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このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。
GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。


