犬の病院帰りに思ったこと

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病院帰りに感じた想いと気づき

病院のドアを出たあと、外の空気が少しだけ違って感じた。
何も変わっていないはずなのに、胸の奥が静かに揺れていた。


病院帰りのあの独特な空気

安心と疲れが同時にやってくる瞬間

犬の病院帰りって少し不思議だ。
診察が終わって「大丈夫ですよ」と言われた直後なのに
ほっとした気持ちと同時に、どっと疲れが出る。

先生の言葉を聞き逃さないように
余計な心配をしすぎないように
それでも最悪のことが頭をよぎってしまう自分もいて。

その全部が
病院のドアを出た瞬間に、静かにほどける。


何もなかったことが、いちばんの出来事

「経過観察で大丈夫です」
「お薬はこのままでいきましょう」

その言葉を聞けた日は
本当はすごく幸運な日なのに
つい「よかった」で終わらせてしまいがちだ。

でも今は思う。
何もなかったこと自体が、ちゃんと向き合った結果なんだと。


ヤックルは病院が大好き

意気揚々と入っていく姿を見るたびに思うこと

うちのヤックルは、病院が大好きだ。
リードをつけて病院の前に着くと
まるで誇らしげに、意気揚々と中へ入っていく。

きっと
嫌な思い出がなかったわけじゃない。
痛いことも、怖いことも、たくさんあったはずだ。

それでも病院を「嫌いな場所」にしなかったのは
献身的な先生と
いつも可愛がってくれるスタッフさんたちのおかげだと思っている。

あの人たちがいたから
ヤックルは今も、胸を張って病院に入っていける。


病院は信頼が積み重なる場所

病院という場所は
不安や恐怖が集まりやすい場所でもある。

でも同時に
信頼が少しずつ積み重なっていく場所でもある。

ヤックルの姿を見ていると
それを強く感じる。


ジーナは空気を読む子

病院は付き添い。でもちゃんと理解している

ジーナは、病院が特別好きなわけじゃない。
避妊手術も、結局受けていない。

それでもヤックルの付き添いで病院に行くと
ちゃんと空気を読んで
驚くほど大人しくしていられる。

「今は、静かにしていよう」
そんなふうに思っているみたいに。

犬って
本当にいろんなことを感じ取っている。


アジソン、てんかん、そして今のヤックル

病名よりも「今日」をどう生きるか

ヤックルは、
アジソン病とてんかんを抱えている。

治療は、お薬のみ。
今は経過観察を続けながら、
日々を過ごしている。

免疫が弱くなって
足の小さな傷がなかなか治らなかったり
床ずれが化膿して
そのたびに病院に通っている。

でも、不思議と
病院帰りの帰路はいつも穏やかだ。


「長くないかもしれない」と言われた日

今年の夏の終わり
てんかんのことで先生から
「正直、あまり長くはないかもしれません」
と告げられた。

その瞬間
頭の中が真っ白になった。

そして同時に
気づいてしまった。

今まで、当たり前だと思っていた毎日が
本当はどれだけ貴重だったのか。

気づくのが遅すぎて
正直、自分を殴りたくなった。


病院帰りに思ったこと

一緒にいられる今日が宝物だった

病院帰りの道を歩きながら
何度もヤックルの横顔を見た。

今日も一緒に歩けている。
今日も同じ空気を吸えている。

それだけで
胸がいっぱいになった。


ヤックルのために残したいもの

ブログも、YouTubeも、パラコードも

ブログを書くこと。
YouTubeを続けること。
パラコードを編むこと。

全部、ヤックルのためにやっている。

この子が生きた証を
ちゃんと形に残したかった。

忘れないために。
忘れられないように。


犬の病院帰りに思ったこと

病院帰りに思ったのは
幸せって、特別な出来事じゃない、ということ。

心配して
不安になって
それでも一緒に帰ってくる。

その繰り返しの中に
ちゃんと宝物はあった。

今日も一緒にいられたこと。
それだけで、十分だった。


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