感情がないと言われたことがある。でも、内側には言葉にならない嵐がある。

雑記

何も感じなかった、という感覚

「感情がないよね」と言われたことがある。
誰かに言われた、というより、
先にそう思ったのは自分だった気がする。

何か出来事があっても、
胸が大きく動くわけでもなく、
言葉が溢れてくるわけでもない。

その場で私は、
「あ、何も感じていないな」
そう判断していた。

判断、という言葉が一番近い。


小学校二年生の、夏

読書感想文が書けなかった。
正確に言うと、「面白かった」以外の言葉が出てこなかった。

本は読めていた。
内容も理解していた。
でも、感想を書こうとした瞬間、
頭の中が止まった。

何を書けばいいかわからない。
書けない自分が、ひどく恥ずかしかった。

そこから「感想文は苦手なもの」になった。


言葉で、線を引かれた日

高校のとき、
「小学生並みの感想文だね」と言われた。

悪意があったかどうかは、もう覚えていない。
でも、その一言は、
私の中で即座にラベルになった。

私はダメな人。
想いを文章にできない人。
想いを口にすることができない人。

それ以降、
小論文が必要な道は避けた。
大学受験も一般入試を選んだ。

できない場所に行かない。
できないことを見せない。

それは、
賢い選択だったのかもしれない。


映画のあとに残るもの

映画を観て、満足することはある。
とても良かった、と感じることもある。

余韻は、ちゃんと残る。

でも「何が良かったの?」と聞かれると、
言葉が止まる。

間違えたくない。
変なことを言いたくない。
浅いと思われたくない。

そのうち、
「面白かった」という一言だけが、
安全な出口になった。


クールでいる、という選択

人と話すのは、得意ではない。
友達からはコミュ障認定されていた。

仕事では人当たりよく振る舞う。
でも話す内容は、
いつもあたりさわりのないこと。

クールでいるほうが、安全だった。

感情を問われたとき、
答えられない自分を見せなくて済む。

「感情がない人」でいるほうが、
まだマシだった。


反応してしまう感情

不思議なことに、
怒りや悲しみには反応する。

それは、考えるより先に出てくる。
身体が先に動くこともある。

感情が「ない」わけではない。
ただ、
強い負のエネルギーだけが、
例外的に通過してくる。

それ以外は、
言葉になる前に止まっていた。


コミュ障じゃないかもしれない、と思った瞬間

あるとき、
自分をコミュ障認定していた友達と、
縁が切れた。

そのとき、
感情は出なかった。

でも、
妙に静かだった。

誰かに説明する必要がなくなったとき、
私は少し楽になっていた。

その瞬間、
ふと思った。

私は、
コミュ障なんじゃないんじゃないか。


感じていなかった、わけじゃない

何も感じなかった、
と思っていた。

でも今振り返ると、
感じることを
言葉にする回路を
早い段階で閉じていただけだった気がする。

感じる → 言葉にする → 評価される
その流れが、
怖かっただけなのかもしれない。

内側には、
嵐のようなものがあった。

ただ、
それをどう扱えばいいのか、
誰にも教わらなかった。


生きやすくなった理由

今の私は、
感情を「説明しよう」とするのをやめている。

何かを見て、
余韻が残る。
胸の奥が静かになる。
それだけで、もう十分だと思うようになった。

言葉にできないからといって、
感じていないわけではない。
うまく話せないからといって、
空っぽなわけでもない。

そう決めたわけでもなく、
ある日突然変わったわけでもない。

ただ、
感情を問われない場所に身を置くようになった。
無理に言語化しなくていい人間関係を選ぶようになった。
「わからない」を、そのままにしておくことを許した。

それだけで、
生きるときの呼吸が少し深くなった。

今でも、
感情をうまく言葉にできない場面はある。
でももう、
それを欠陥だとは思っていない。

言葉になる前の感覚を、
そのまま持っていていい人間もいる。

少なくとも私は、
そういう生き方のほうが、
長く歩ける気がしている。


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このブログを書いている人のこと

神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。

元フィットネスインストラクター。
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。

犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。

GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。

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