静かに流れている音の中で、キーボードを叩いている自分がいる。
音量は小さい。
気を抜くと、流れていることすら忘れるくらい。
でも、消すとわかる。
空気の質が変わる。
同じ部屋のはずなのに、少しだけ落ち着かなくなる。
犬のために作っているはずの音楽を、
自分が一番長く聞いている。
朝の空気はまだ冷たくて、
体が完全に起きていない。
コーヒーを淹れるほどの余裕もなくて、
ただ椅子に座る。
そのまま、再生ボタンを押す。
音が始まると、
何かを「しなきゃいけない」という感覚が、少しだけ薄くなる。
ヤックルは床に身体を伸ばして、
ジーナは丸くなって、ゆっくり呼吸している。
その呼吸のリズムと、
音の揺れが、だんだん重なっていく。
部屋の中の時間が、少し遅くなる。
集中しようとしているわけじゃない。
頑張ろうとも思っていない。
ただ、手を動かしている。
それでも、気づくと文章が進んでいる。
変な力が入っていないからか、
言葉が引っかからない。
考えすぎる前に、
すっと出てくる。
音楽が何かをしてくれているのか、
それとも、自分が勝手に落ち着いているのか。
正直、よくわからない。
ただ、静かだなと思う。
まだ登録者は少ない。
再生時間も、数字として見れば小さい。
たくさんの人に届いているわけでもない。
それでも、動画が一つずつ増えていく。
サムネイルが並んでいく。
自分の中にしかなかったものが、
少しずつ、外に置かれていく。
その画面を見ていると、
妙に安心する瞬間がある。
誰かに評価されたわけでもない。
すごいことをしたわけでもない。
それでも、
「確かに増えている」という事実だけが残る。
それが、思っていたよりも
静かに満たしてくる。
犬のために作っているはずなのに、
自分のための場所になっている。
最初は、
分離不安とか、無駄吠えとか、
そういう言葉ばかり見ていた。
どうすれば落ち着くのか、
どんな音がいいのか。
少しでも役に立つものを作ろうとしていた。
今も、その気持ちは消えていない。
でも、それだけじゃなくなっている。
この音を流して、
少しだけ呼吸がゆっくりになる人がいるかもしれない。
犬だけじゃなくて、
人も含めて。
画面の向こうのことは、見えない。
本当に役に立っているのかもわからない。
それでも、
もしどこかで、
同じように静かに過ごしている人がいたら。
この音が、
その空間の一部になっていたら。
それだけで、
十分な気がしてくる。
私はたぶん、
「誰かのため」に何かを作ろうとすると、
少しだけ力が入る。
でも、こうやって
自分が使い続けているものなら、
嘘がない。
必要ないものは、残らない。
違和感があるものは、続かない。
だから、
今日もまた音を流している。
犬のための音楽を作っているはずなのに、
その音に、一番助けられているのは、
自分なのかもしれない。
この続きに、もし興味があれば
▶︎GIRASOL Sounds(YouTube)
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このブログを書いている人のこと
神奈川県在住。
犬と暮らしながら、GIRASOLという名前で、
パラコードのドッグギアと、犬のための音を作っている。
元フィットネスインストラクター
仕事として人と関わる時間が続く一方で、
次第に、刺激や情報の多さよりも、
静かで、管理できる距離感の暮らしを求めるようになった。
犬と暮らすようになり、
生活のリズムや優先順位が大きく変わった。
安全であること、安心できること、
毎日繰り返しても負担にならないこと。
GIRASOLは、
そうした生活の中で自然に残った基準から生まれている。
派手さより、長く使えること。
説明より、使ったときの違和感のなさ。
その感覚を信頼しながら、
道具や音を、静かに形にしている。


