今日は、何も進まなかった一日だった。
でも、そんな自分に理由をつけるのを、やめてみることにした。
やる気が出ない日は、理由を探さない
「どうして今日はやる気が出ないんだろう?」
仕事(フィットネスインストラクター)を辞めてから、何度もこの問いを自分に投げてきた。 ユーチューバー、ブロガー、パラコードデザイナー。 肩書きだけを見ると、自由で楽しそうに聞こえるかもしれない。
でも実際は、誰にも管理されない世界で、すべてを自分で考え、自分で決め、自分で動かなければならない日々だ。
インストラクターの頃は、やる気がなくても仕事はあった。 時間になればレッスンに行き、決められた業務をこなし、評価もフィードバックも外から与えられていた。
今は違う。 何をやるかも、どこまでやるかも、今日はやらないという選択さえ、すべて自分の責任になる。
だからこそ、動けない日は、つい理由を探したくなる。
・昨日寝不足だったから ・最近数字が伸びないから ・向いてないんじゃないかと思ったから
理由を言葉にすれば、少しだけ安心できる気がする。 でも、その安心は一時的で、最後には必ず「だからできなかった自分」へのダメ出しが残る。
自分を責めるクセは、仕事を辞めても残る
インストラクターを辞めたら、もっと楽になると思っていた。
でも実際は、評価する人がいなくなった分、 自分が自分を評価する回数が増えただけだった。
今日は何もできていない。 今日も進んでいない。 こんなんで本当にやっていけるの?
気づけば、頭の中で一人反省会が始まっている。
でも最近、ようやく思うようになった。
やる気が出ない日に、理由を探すこと自体が、 自分を責める準備運動になっているんじゃないか、と。
何もしない日があっても、人生は止まらない
正直に書くと、 一日をほぼ溶かすように過ごす日もある。
起きて、食べて、また横になって、 気づいたら夕方で、そこからまた食べて、寝る。
生産性なんて言葉とは無縁の日。
それでも、ヤックルとジーナの世話だけは最優先だ。 散歩に行って、ごはんをあげて、体調を見て、声をかける。
それだけで、その日はもう十分だったんじゃないかと、 最近は思えるようになってきた。
人間は、ずっとアクセル全開では走れない。 エンジンを切る日があっても、故障じゃない。 ただの休息だ。
「そんな日もある」で終わらせる勇気
やる気が出ない理由を突き止めることは、 成長のために必要なときもある。
でも、毎回それをやる必要はない。
今日は、やる気が出なかった。 それだけ。
そこに意味を足さない。 評価もしない。
「そんな日もあるよね」 と、自分に言って、その日を終わらせる。
それは逃げではなく、 長く続けるための技術だと思っている。
何もしていないようで、ちゃんと生きている
数字が伸びない日も、 文章が書けない日も、 手が動かない日もある。
でも、そういう日があるから、 動ける日の集中力が生まれる。
今日はダメだった、ではなく、 今日は静かな日だった、でもいい。
インストラクターじゃない生き方を選んだからこそ、 自分を追い詰めない選択も、自分でしていい。
やる気が出ない日は、理由を探さない。 ただ、生きている自分を、そのままにしておく。
それだけで、明日につながる余白はちゃんと残る。
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このブログを書いている人のこと
音と形、暮らしをつなぐ「GIRASOL」。 犬と暮らす日常の中で生まれた気づきや、静かな時間を大切にしながら、 YouTubeでは犬のためのリラックス音楽を、 手仕事ではパラコード作品を、 ブログでは日々の思考や暮らしの記録を綴っています。

